京の都とみちのくの都、どちらも新参者がやっていくのは楽ではないところといわれる。仙台では戦国時代の雄、伊達正宗でさえ苦労した。一方京都では秦河勝にはじまり数々の異才・奇才が力を発揮した側面もある。
仙台については、肥沃な土地であるがゆえに商品経済の波に乗り遅れたという。めぐまれた環境であることが後進性につながるのだとすれば、世界の中で見ると日本列島全体が稀有なほど恵まれた自然環境であることを思ってしまう。現代の物質文明を築き上げた西欧文明が、痩せた土地と中世の段階で既に破壊されていた森林という貧相な環境を、他の大陸からの搾取によって克服した結果であることを思えば、日本がとりあえずここまでの先進国になれたことは、むしろ不思議なことなのかもしれない。
もっとも、奥州についていえば、平安時代末期の藤原三代の栄華、さらに時代をさかのぼっていけば奥州の地は大陸ともつながった国際色豊かな先進地帯だった。京の都も秦氏をはじめとする渡来人によって切り拓かれた側面があるから、そういったところも京都と仙台の共通点といえるのかもしれない。
東日本大震災によって、仙台、石巻をはじめ、みちのくの国は甚大な損失を被った。その復興のために当然必要となる膨大な努力と智慧を、日本全体で出していくという体制になっていないことが、今逆に不思議に思えてくる。
0 件のコメント:
コメントを投稿