摩周湖の外輪山への降水が伏流水となって水源になっている「神の子池」
去年行った北海道では、広大な自然の、ごくごく一部を見ただけでも、他の土地とは違う空気が感じられる。
日本の縄文時代は、同時代のヨーロッパとは、同じ採集と狩猟の生活をしながら、比較にならないほど豊かだった。特に東北地方から北海道にかけては、縄文生活の最適地だったという。
司馬遼太郎の「オホーツク街道」には、北海道にまつわる、自然に対して敬虔な多くの人々が登場する。樺太で生まれ、最後のウィルタ語の語り手であった北川アイ子さんは、 網走から札幌まで行くために車に乗せられ、あたらしい山に出くわすたびに、車をとめさせたという。
「彼女はゆっくり下車し、あたらしい山のために菓子をそなえる。むろん、川にも敬意を表する。あたらしい川にさしかかると、彼女は降りて拝礼し、供物をそなえる。(中略)縄文人がそのようにしたかどうかは証しにくいにせよ、弥生人にとっては、天も地も神だった。」p136


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