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2015年6月22日月曜日

高村光太郎の詩「最低にして最高の道」に託する想い

この高村光太郎の詩を、ある知人に教えてもらって知った。
その知人は、若くしてエジプトに渡り、さまざまな苦難を乗り越えられてきている方なのだけれど、長年に亘りその国の社会の矛盾や苦しむ人々に接する中で、この詩を多くの人に読んで頂きたい、という想いでいらっしゃる。


「最低にして最高の道」

もう止そう。
ちひさな利慾とちひさな不平と、
ちひさなぐちとちひいさな怒りと、
さういふうるさいけちなものは、
ああ、きれいにもう止そう。
わたくし事のいざこざに
見にくい皺を縦によせて
この世を地獄に住むのは止さう。
こそこそと裏から裏へ
うす汚い企みをやるのは止そう。
この世の抜駆けはもう止そう。
さういふ事はともかく忘れて
みんなと一緒に大きく生きよう。
見えもかけ値もない裸のこころで
らくらくと、のびのびと、
あの空を仰いでわれらは生きよう。
泣くも笑うもみんなと一緒に
最低にして最高の道をゆかう。


しかしながら、その知人の純粋な想いに水を差すつもりは毛頭ないけれど、実はこの詩のあと、高村光太郎は敗戦まで、戦意高揚の詩をたくさん書いたのだという。このときの高村光太郎にとっての「最低にして最高の道」とは何だったのだろうか。

戦争中に戦争協力の詩をつくったことに対する自省の念から、戦後、花巻郊外の山中に粗末な小屋を建て、そこで独居自炊の生活を7年間続け、その後ほどなく肺結核で死去した。芸術家の純粋な感性が、結果として戦争のために利用される。表現者としてこれほどの不幸はない、ともいえる。

せめて現代に生きる一人として、戦争の暗い影をこの詩に投影させるのではなく、自らの進む道が明るく大きく開けていくように、という想いを託しつつこの詩を読みたい。

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